🔥 人間失敗

他人任せの人生をやめ、「自分のコトバ」と「自己決定力」を自分の人生を生き抜く力に!

🤖 量産型の自分を卒業

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「私」というプラモデルを解体する

最近、私は「文章を書くこと」に無心になっています。

それは、

誰かに見せるための物語でも、

役立つ知識でもありません。

(そんな文章をいつかは書いてみたいものです🥹)

今日起きた出来事に対して、

自分が何を思い、

どう感じたのか。

そんなことをただ、素直に書き出すだけの作業です。

腹が立ったこと、

こらえきれず笑ってしまったこと、

自分の意地悪さに嫌気がさしたこと……。

書き進めるうちに、

私は不思議な感覚に包まれていく。

そこには、

損得も、

将来の計画も、

過去の執着もない。

ただ、

ありのままの自分と対峙する「無心」の時間だけが流れています。

この「無心」になれる時間。

若い頃なら「ムダ」と切り捨てていたと思う。

でも…

50代になった私にとっては「贅沢な時間」なんです。

振り返れば、これまでの私は「量産型」の人間でした。

相手の好みに合わせて組み立てられ、

望まれる色を塗られる。

要は

相手の望みに合わせて、自分を変えることしてきた。

「好かれる」という報酬と引き換えに、

私は自分らしさというパーツを

一つずつ捨ててきました。

それってまるで大量生産されたプラモデル。

代わりなんていくらでもいる、

大量生産されたプラモデル。

それが私でした。

でも、今

こうして自分の思いを書き出し、

その思いに対して

さらに自分の思いを重ねる。

そんな「対話」を繰り返す中で、

ようやく私は、

自分という人間に出会い直しています。

「ああ、私ってこんな人間だったのか」

カッコつけることも、

媚を売ることもやめた先に残ったのは、

たった一枚のカード。

「自分は自分でいられる」

という、

不器用で、

でも確かなカードです。

派手な夢や大きな理想を語る必要はありません。

年齢的に、そんなものを語るべきでもないでしょう。

量産型の外装を脱ぎ捨てて、

むき出しの自分でいられるのなら、

それで充分なんです。

そのたった一枚のカードがあれば、

私の後半戦は、

それだけで充分に贅沢なんです。