🌐 手遅れという名の自由
50代。
ぶっちゃけ、ずっと焦ってた気がします。
「まだ何かやらなきゃ」「このままじゃ終われない」って。
でも、ふと思ったんですよね。
もう、手遅れでいいんじゃないか?って。
これ、ネガティブな意味じゃなくて。
むしろ、めちゃくちゃポジティブな話なんです。
どういうことかっていうと…。
「諦める」って言葉があるじゃないですか。
ずっと、負けを認めるみたいな、嫌な言葉だと思ってました。
でも今は、自分にとって「本当に大事なもの」を見極めるための、
すごく前向きな決断なんだな、と感じてます。
あれもこれも、って欲張るのをやめて、
「立派な自分」を演じるのもやめて。
そうやっていろんな執着をポイポイ捨てていったら、
心の中に、ぽっかりと「余白」ができた。
で、その空いたところに何が入り込んできたかっていうと。
ビジネスの成功とか、大きな肩書きとかじゃない。
もっともっと、ささやかなこと。
大切な誰かのために時間を使ったり、
AIみたいな新しいおもちゃで、子供みたいに遊んでみたり。
「こんなことして、何になるんだ?」
かつての私なら、そう切り捨ててたかもしれません。
でも、その「何にもならないこと」に心を込める時間が、
実は、失いかけてた自分を取り戻す作業だったりするんですよね。
「手遅れ」だからこそ、失敗したって笑い飛ばせる。
「手遅れ」だからこそ、誰の目も気にせず、好きな言葉を喋れる。
50代。
立派な大人を諦めたら、
ようやく「ただの私」が始まった。
そんな気がしています。
